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東京地方裁判所 昭和29年(レ)273号 判決 1955年4月18日

控訴人 野村与三郎

被控訴人 富士製鉄株式会社 外一名

主文

原判決を取り消す。

本件を東京簡易裁判所に差し戻す。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人富士製鉄株式会社は控訴人に対し別紙目録<省略>表示の株券(以下本件株券と略称する)による株式(以下本件株式と略称する)につき名義書換手続をせよ。被控訴人藤崎治は控訴人が右株式の株主であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び名義書換請求の部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人富士製鉄株式会社代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。被控訴人藤崎治は当審における第一回口頭弁論期日に出頭しなかつた。そして、当裁判所が陳述したものとみなした答弁書によれば、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めるというにある。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は控訴代理人において次のとおり述べたほか原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

控訴代理人は控訴の理由として次のとおり述べた。

一、被控訴人藤崎は訴外富士証券投資株式会社(以下富士証券と略称する)を被告として提起した福井地方裁判所昭和二十九年(ワ)第一六号株式返還等請求訴訟事件(以下前訴と略称する)において被控訴会社の株券千六百株その他を目的とする出資契約(又は消費貸借契約)に基き不特定の株券又はこれに代る金銭の給付を請求したのに反し、控訴人は本件訴訟において特定された本件株券の所有権に基きこれによる株主権の確認と株主名簿の名義書換を求めるものであつて、前訴と本件訴訟との請求の趣旨及び原因が同一でないことは明瞭である。従つて前訴と本件訴訟の判決が牴触する余地はない。控訴人は前記の出資契約(又は消費貸借契約)の当事者ではないから被控訴人藤崎も控訴人をもつて前訴の被告とすることができなかつたのであつて、前訴と本件訴訟の当事者の同一性を云々する余地もない。

二、被控訴人藤崎は富士証券に対しては契約上の返還請求権を有すべきも、被控訴会社に対しては株主名簿上の名義人であるという理由のみで被控訴会社に対しその名義書換を阻止する請求権を有するものではないから、前訴において被控訴会社を被告とすることができなかつたにもかかわらず、福井地方裁判所小浜支部が同庁昭和二十九年(ヨ)第四号仮処分事件(以下仮処分事件と略称する)において被控訴会社に対し株式名義書換を禁止する仮処分決定命令を発したのは失当であつて、原審において主張した訴訟法上の観点からのみでなく以上の点からみても被控訴会社に対するこの仮処分は無効であり控訴人の権利に何らの影響を及ぼすものではない。又この仮処分事件の本案訴訟はあり得ないから原審がその存在を仮定して本件訴訟との関連を考察したことは誤つている。

三、被控訴人藤崎が本件株券その他の株券を富士証券に出資(又は貸与)したこと、両者間の契約に富士証券において勝手に名義書換をしない特約のあつたことその他前訴における被控訴人藤崎の主張自体から見ても同人が譲渡証書を添付して富士証券に株券を交付したことが明らかであるにもかかわらず、原審が証拠に基かないで控訴人の所持する譲渡証書を偽造であると認定したのは失当である。仮にこの譲渡証書が偽造であるとしても控訴人は本件株券を善意取得しているから、控訴人はいずれにしても本件株券の株主権者である。

以上いずれの点からみても控訴人の本件訴訟を却下した原判決は失当である。

理由

一、原判決は極めて難解であるが、原審が控訴人の本件訴訟を却下した理由は、

(一)  被控訴人藤崎が富士証券を被告とする前訴において被控訴会社の株券千六百株その他の返還を請求したところ、昭和二十九年五月三十一日被控訴人藤崎勝訴の判決が言い渡された。控訴人は同年三月中富士証券から前記株式のうち被控訴会社の本件株式その他を譲り受けたから前訴における被告富士証券の承継人であつて、控訴人の被控訴人藤崎に対する本件訴訟と被控訴人藤崎の富士証券に対する前訴とは原被告の地位が逆である点を除けば当事者、請求の趣旨及び原因ともすべて同一というべきである。

(二)  被控訴人藤崎は富士証券及び被控訴会社を債務者とする仮処分事件において「債務者富士証券投資株式会社は藤崎治名義の富士製鉄株式会社株式千六百株(各額面金五十円)に付、売買、贈与、交換、質権設定その他一切の処分をしてはならない。債務者富士製鉄株式会社は藤崎治名義の右株式の名義変更の要求があつても之に応じてはならない。」との仮処分判決を得てこれを債務者らに送達した。この仮処分決定に違法な点はなく有効であつて、被控訴会社に対する仮処分の本案訴訟は株主権に基き他に株式の名義を書き換えてはならないという不作為請求の訴となるはずであるから、控訴人の被控訴会社に対する本件訴訟はこの本案訴訟と請求の趣旨及び原因が同一である。

(三)  被控訴人藤崎が富士証券に対する前訴及び被控訴会社に対する本案訴訟において勝訴の確定判決を受け、かつ控訴人が被控訴人らに対して勝訴の確定判決を受けると仮定すれば、同一の株式について権利者が二名あることとなり被控訴会社は処理に窮するのみでなく裁判の威信を傷つけ取引の安全を害する。

よつて本件訴訟は以上三点の理由により重復起訴として却下すべきである、とするに帰するもののようである。

二、よつて次に右の三点について順次に検討する。

(一)  控訴人と被控訴人藤崎との間

原審は控訴人をもつて被控訴人藤崎が富士証券を被告として提起した前訴(被控訴人藤崎がこの訴を提起したことは甲第六号証――公文書であるから真正に成立したものと推定されるが、控訴人と被控訴会社との間ではその成立は争がない――によつて明瞭である)における被告の承継人と解しているが、この承継人が民事訴訟法第二百一条にいう口頭弁論終結後の承継人を意味するのか或いは同法第七十四条にいう訴訟の係属中訴訟の目的たる債務を承継した第三者を意味するのかは原判決上明らかにされていない。もし前者の意味であれば、原審は前訴の判決が確定したこと及び控訴人が前訴の口頭弁論終結後に前訴の訴訟物を承継したことの二点を明らかにすることを要するにもかかわらず、原審はこの二点について何ら審理をしていないから審理不尽である。のみならず、仮に本件訴訟が前訴の既判力を受ける承継人が前訴における他方の当事者に対して提起した訴訟であるとしてもこの点は既判力の効果として権利保護の利益がないとされるに止り、重復起訴の一条件である当事者の同一を云々する余地はないのである。もし又後者の意味であれば、訴訟の係属中その訴訟の目的たる債務の承継がなされた場合において当事者はその承継人をして訴訟を引き受けさせるか又はこの承継人から或いはこの承継人に対して新訴を提起するかを選択できるのであるから、前者と同様本件訴訟を重復起訴という余地はない。ただ訴訟物の承継が民事訴訟法第二百八条以下のいわゆる当然承継の原因によつてなされた場合に訴訟手続の受継に代えて承継人から或いは承継人に対して新訴を提起すれば実質上同一事件として重復起訴となるのであるが、本件訴訟が控訴人において右当然承継の原因に基いて前訴の訴訟物を富士証券から承継したことを前提とするものでないことはその請求原因から見て明瞭であるから、両訴の当事者を同一であるとする原審の見解は採用することができない。

さらに原審は前記両訴の請求の趣旨及び原因を同一であるとしているが、この見解もまた支持することができない。けだし、前記甲第六号証によると、前訴の請求の趣旨は「富士証券は被控訴人藤崎に対して被控訴会社の株券千六百株その他の返還をせよ」とするものであり、その請求の原因は「被控訴人藤崎は富士証券に対して請求次第何時でも返還するという約定で被控訴会社の株券千六百株その他を貸し付けたからその返還を請求する」とするものであり、従つて訴訟物は契約に基く株券の返還請求権であることが認められるのに反し、本件訴訟の被控訴人藤崎に対する請求の趣旨は「控訴人が被控訴会社の特定株式についての株主であることの確認を求める」とするものであり、その請求の原因は「控訴人は富士証券から本件株式の譲渡を受けてその株主権を取得した」とするものであり、従つてその訴訟物は株主権そのものにあつて、両訴の請求の趣旨及び原因は明らかに異なるからである。

(二)  控訴人と被控訴会社との間

原審はまだ提起されていない被控訴会社に対する仮処分の本案訴訟と本件訴訟の訴訟物が同一であるべきものとして、これを本件訴訟が不適法である理由の一つに加えているが、訴の適法であるかどうかは将来の事態を考慮して決定するべきものではないから、この点に関する原審の見解は誤つているものとするほかはない。

(三)  なお、原判決は傍論として前記仮処分決定において被控訴会社に対し一切の株式名義書換を禁止しているため控訴人の本訴請求はこれに牴触して許されない旨のことを述べている。しかしながら、およそ、株式発行会社は特別の事情のない限り商法第二百五条の要件をみたす株券所持人から株主名簿の名義書換を請求すればこれを拒絶することができないのであつて、たとえ無権利者から譲り受けた所持人でも善意取得した場合には同様であるから、一切の名義書換を禁止する仮処分決定を発することが許されないことは明らかであり、仮にこれが発令された場合においても正当な権利者からされた名義書換請求には効力を及ぼさないものといわなければならない。従つて右傍論もまた原判決を支持する理由とするに足らない。

三、これを要するに、控訴人の本件訴訟を不適法とすべき理由は一つもないからこれを不適法として却下した原判決を取り消し、民事訴訟法第三百八十八条により本件を原審東京簡易裁判所に差し戻すこととする。

(裁判官 田中盈 古関敏正 宮脇幸彦)

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